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Jules†寄宿舎
「女性キャストで構築する硬質透明な少年世界」をテーマに、
演劇、映像作品、イベント企画をしている、Jules†少年達の日記。
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劇団名Jules†ジュールは、どうしてJules†ジュールと名づけられたのか・・・?
はい、「主な由来」はフランス人作家のJules Verne(ジュール・ヴェルヌ)。月世界旅行 (De la Terre à la Lune )の作家です(直球や)。 狩野さんが集団名〜っどうしよう〜っと騒いでいた頃に、櫻木君の机に積みあがっていた本たちが、そのあたりの作家のもの+最初期の映画や幻灯機(マジックランタン)に関する本+タルホニアなどの稲垣足穂の映画論(いったい何をしようとしていたのでしょう櫻木君は?)などなど。ぱらりらとそれをめくってみた狩野の目に飛び込んできたのが、お月様の目にロケットが飛び込んでる「月世界旅行」の映画の一場面。 ![]() 狩野「あー、これ知ってる!乃木坂のラ・カメラ(現在は下北沢)でこのシーン見た♪ ・・・これって誰の作品?」 櫻木「ジュール・ヴェルヌ」 狩野「おぉー・・・(としばらく大文字小文字カタカナ色々紙に書き散らす狩野) うん、これに決めた♪”Jules”!」(早っ!) 私も好きでよく読みました。いろんな面白すぎる逸話が合って、どれが本当の話なのかわからない謎の作家。今年没後101年に当たるのを記念して(何で100年記念ぢゃないのか?それもヴェルヌらしい気も・・・)日本ジュールヴェルヌ協会が設立されるとかダヴィンチコードにも影響を与えているからヴェルヌコードが発売されるとか今年はジュールが動くらしいぞ!!(真偽不明(笑)) ![]() 読んだことがなくてもナンカ聞いたことある名・・・って人が多いかも。某ネズミーランドの海のほうでも名前を見つけることが出来ますし、ノーチラス号はじめ今の映画やゲームや実際の潜水艦や飛行機などに、ヴェルヌ作品に登場するものの名がそのまま付いているものが多いんです。なぜか?・・・それは、“彼の作品を読んで科学に興味を持ち、そのまま本当の科学者になった少年達”が本当に多いからです!!。 19世紀後半の帝国主義・植民地時代に入った西欧世界の少年達は、その征服物語をわくわくと聞いて育ち、また科学も発展を始め、飛行機・潜水艦・月ロケットなど、科学の力をもってすれば「夢のようなもの」がこの手に出来ると世界中が胸躍らせていた頃。(ヴェルヌはその作品の中で19世紀の科学知識を元に、宇宙旅行、潜水艦、ヘリコプター、空調設備、誘導ミサイル、映画、などの出現を実際に予言しています。) 最初期のSF作家ヴェルヌの与えた、未知の夢の世界への影響はそれは大きかったことでしょう。 11歳のときに、初恋の少女への首飾りを手に入れるために船に乗り込み大海へ船出しようとした少年の眼前に広がった大西洋は、空と映しあったどこまでも透明な青。(とっ捕まって未遂。捕まって怒られていったコトバが「じゃあこれからは空想の中で大冒険します!」←真偽不明) bon voyage ジュール・ヴェルヌ! この人の文学デビューは実は舞台脚本でもあるし(「椿姫」の作者デュマとその父ちゃんに認められてのデビュー)、理化学少年だった櫻木君は、やっぱりヴェルヌがすきだった。ツボを突かれた櫻木君は「うん・・・似合うんじゃない?」とにっこりし、カリノもお月様もにっこり。船出の準備の一番大事なもの。僕らの船の「旗」が出来上がった夜でした。 こうしてJules†ジュールの具体的な冒険がはじまったのです。 <前回からの続き>
とまあ、なんだかんだ引っ張りましたが、用はカリノが「トーマの心臓」「1999年の夏休み」、あとあったのが「ポーの一族」を、「三日月でやって♪」というご意見を下さったお客様のメールやアンケートを集計したところ、ウチとしたらこれすごい数だよねってことに気づき、ちょっと自分達も興味あるし・・・じゃあ、三日月の活動に大きく負担にならずに演る方法はあるだろうか?・・・ってことで、場所の仮手配から、スケジュール的に可能な期間から、公演形態・・・と詳細を全部詰めてきたんです。 おお、こういう事できるようになってくれたんだ!と喜んだのがまず感想でした。 三日月ではオリジナルをやる。そして三日月は櫻木の方針として「自分は少年役しかやりたくない」とか言う風に“自分で自分を一色(ひといろ)に決めてくる”方は団員採用しないことになっている(だって演技の幅広がらないもん)。しかし、その「別動隊」ではそれも可能とする。その理由として、「少年的なもの」への憧れはつまり「透明なもの」への憧れなのだ!=三日月のように色んな役を演じられる「役者」を作って行くことで唯美の世界観もつ「作品」や「劇団」をめざす方法も有りだし大事だが、違うアプローチとして、“1つ不動の美意識をもった「集団」を作り上げる”ということからはじめてみるのもアリではないかい?・・・と、解釈するにそういうこと?を、ものすごく素直なコトバで、文節とかはめちゃくちゃながら言いたいことは良〜く判る!という風に書かれた「企画書」を提出してきたわけなんです。 読み終わって私即答「うん。やってみたら♪」 痩せたパピヨン犬と小さなパンダ、あまりにあっけなく許可が出てびっくりした(o・"・o) (o・"・o)らしい(笑)。でもこの頃すでに実験公演シリーズをギャラリーなどで数度行っていたのですが、その際にも私は言っていたのだ、「自分で演ってみたい作品があるなら企画してもっておいでよ」って。 で、その場で決まったことは、私梅原は制作。櫻木は演出、プロデュース集団の主宰は狩野。作品はどれをやるかは狩野が詰める・・・というところまで。 後は酔いヨイヨイ♪とパンダも参加して、先の計画話で盛り上がった夜は更けていったのです。 それがどうして名作「トーマの・・・」でも「1999年・・・」でも「ポー・・・」でもなく、櫻木のオリジナル脚本「砂城のビショップ」を公演することと相成ったのか。 それはまた次回の読み続きとさせていただきます♪ <前回5/19からの続き>
ドアを開けば、雷雨の夜。 闇にひらめく影を引きずって、痩身の少年登場。 肌と、濡れて張り付くシャツの間から、 庇うように大切に運んできたファイルケースを取り出し女に差し出す. 女、黙って受け取る。 少年、力尽きたかのように膝を付き、女の背後で目を見開いている小さなパンダに よわよわしく語りかける。 少年「び・・・・・・ビール飲みたい。肉も、食べたい・・・(倒れる)。」 パンダ「(女に)にっ・・・肉食です!!」 女「そのようね。こいつが豹?!」 雷鳴が、肯定するかのようにとどろく。 パンダ「豹とリスとが来るはずですから。リスは、肉は、食べませんから!」 女「知っている。昔、飼っていた、リス。」 少年(もとい狩野)「? 表もリストもケースの中だよ?。とにかくなんか食わしてくれ〜! 職場から直行したから腹ペコだあ!」 ずりずりと濡れたまんまあがりこみシャワールームへ向かう少年もとい狩野。 召還されたパンダもとい古関がその後を追う。 「拭くだけじゃ冷えちゃうよ!シャワー借りちゃえば?。まみさん借りますよ〜。」 一人残された女、ファイルを手にしたまま佇む。 まだ開け放たれたままのドアの向こうでは、 去りかけている雷の閃光が遠い記憶のように閃いている。 「リスよ・・・君は何処へ・・・?」 女もとい梅原ドアを閉じ、振り向いて、叫ぶ。 「うわー、廊下がびちゃびちゃだー!」 ああ、なんてくだらない(笑)。真顔でこんなことしてる私たちってなんでしょう? とにかく濡れたパピヨン犬のように痩せていた狩野さん(今もですけどこの頃も40キロ無かったんじゃないかと・・・肉食動物ですごい食べるのに太れない体質・・・うらやましい)をシャワーとドライヤーで暖め(自分でやっていただきましたが)、その間に有り合わせで私は食事を作り、古関はカリノの持ってきたデータを開き整理しプリントアウトして話し合いの準備・・・という半時間ほどの後、風呂上りの乾杯ビールで旨いぜぇ〜!っと「ご機嫌職人さん」のような満面の笑みを浮かべたカリノが言った。 「企画書、書いてみた〜♪ まずは目を通してくださーい♪♪」 手元を見ると、やたらにロココ調の装飾線のちりばめられた手の込んだA4の紙の束。 文字の数より飾りの方が多い気がするそれをぱらぱらとめくると、最後のページに “企画者:狩野夏妃”の署名 顔を上げるとパンダが痩せたパピヨンと共犯者の笑みを、にぱーっと浮かべている。 ・ ・・話し合う・・・までもなく・・・平和な劇団民主主義。 どんどん注がれるビール(ウチのだし)を飲み干しながら、 私は腰をすえて全てのページを熟読し始めた。 雨はすっかり上がり、涼風が立ち始めた。 <のほほんとまだつづく・・・の?> いやー内容無いのに引っ張りすぎですかね・・・。 はじめまして?”( ´ ▽ ` )ノ”梅原です。
私はこの日記では、Jules†ジュールにまつわるナレソメとかキッカケなどをちょっとずつ小出しにリークしていこうと思います(笑い)。 ◆Jules†ジュール誕生秘話(大仰?)第一弾◆ Jules†ジュールは劇団三日月バビロンの別動隊。なぜ「別」なの?という疑問お持ちの方の為に、物語は1999年に遡る・・・という訳で無く「トーマの心臓」と「1999年の夏休み」という名作2本に触れることから始めます。 「トーマの心臓」は言わずと知れた萩尾望都作品の金字塔。私も狩野さんに戴いて大好きになった本です。そしてこの作品を元に「日本人の女の子が少年役をやる」というコンセプトで岸田理生さんが脚本をお書きになった映画作品が「1999年の夏休み」だそうです。 この2作品を「三日月で舞台化してください」というアツいメールやお手紙が、旗揚げ当初からちょくちょく舞い込んでいたのです。トータル数どのくらいだったろう・・・ちょっと「ホント?!」と驚くような数を戴きました。ご意見ほんとにありがとうございますo(^−^o)(o^−^)o。ですが、作演の櫻木の、 「三日月はいまオリジナル作品を拵え増やしてゆく過程に有る時なのだし三日月としてやるのなら三日月色でやるべきだろう」。しかし 「萩尾様や岸田様が漫画や映画それぞれ作品として「完成」させているものをいじる必要があるだろうか?」との考えから計画されることは無かったのです。「1999・・・」のほうは特に岸田さんがお亡くなりになってしまったので・・・生きていらっしゃれば(ありがたくも面識もあったことですし)もしかしたらご相談の上・・・ということもあったかもしれませんが・・・お会いできなくなった今、作品を勝手にいじる気持ちは櫻木にはまったく無く、相変わらずメールやアンケートの一文としてご希望いただくに留まっておりました。そんな或る日、櫻木・梅原の元に、狩野夏妃から驚くべき知らせが舞い込んだのです。 「ある事実について、豹とリスとを送ります。ちょっとマジに考えてみませんか?」 !?・・・生きもの・・・?! 四足好きの私と櫻木は送られてくる豹たちのためにオモチャ兼ナグサミモノとして古関を召喚し、わくわくとブツの到着を待った。2003年の夏、雷雨のひらめく熱帯夜のことであった。 <のほほんとつづく>
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